下里御大師堂

建物データ

指定名称 下里御大師堂 1棟   延宝4年(1676)、墨書
桁行三間、梁間三間、一重、寄棟造、茅葺
附:厨子 一間厨子、平入、寄棟造、板葺   天正9年(1581)
指定年月日 平成30年3月27日
所在地 湯前町下里
修理記録 令和5年(解体修理工事)
保存修理工事報告書 令和5年3月

下里御大師堂正面

下里御大師堂正面

下里御大師堂の創建については不明ですが、もとは吉祥院という寺院の一堂宇でした。吉祥院は江戸時代、人吉市の相良氏菩提寺願成寺の門下に属する真言宗寺院でした。宝暦10年(1760)に著された「門中堂社幷代々先師書」には、「屋根并玄関」は「所修理」として記録されていますので地区住民の手で維持管理が行われてきたことが判ります。明治になり吉祥院は廃寺となりましたが、御大師堂だけは引き続き地区住民により維持管理が行われています。
『中世等文化遺産保護対策調査事業報告書』では天正8年(1580)年の建立とされていましたが、保存修理工事で延宝4年(1676)の墨書が多数見つかったことから、建立年代が確定しました。そのため、現存する仏堂は江戸時代以前には向拝がないこと、三間堂の場合三間とも扉とすることが流れが判りました。

下里御大師堂正側面

下里御大師堂正側面

御大師堂は前身堂か他の建物の部材が多数転用されています。側面の切目長押には円柱の欠き取りがあり、その中心近くの見付面には止釘穴が残っています。柱間寸法は6.5尺前後で五間堂のものと考えられます。

下里御大師堂背側面

下里御大師堂背側面

背面側と側面対面は前身堂か他の建物の長押が縁葛に、背面側縁板掛けには化粧隅木が転用されています。

下里御大師堂床組

下里御大師堂床組

大引に和様の台輪が転用されています。写真に見える面には柱頂部の枘穴と小壁板の板決りが確認できます。床板下端は丸太を割ったままの部材で、根太に載る部分はノミ打ちして厚さを調整しています。

下里御大師堂縁四隅の納まり

下里御大師堂縁四隅の納まり

隅扠首、縁葛縁板の鼻先を揃えています。この納め方は今のところ生善院観音堂(寛永2年1625)が初見です。

下里御大師堂縁軒廻り

下里御大師堂縁軒廻り

丸桁を手挟んで垂木を配していますが、隅柱間を32枝の総割としていますので、柱は垂木位置と関係なく配置されています。建物は正方形平面となっています。

下里御大師堂木鼻

下里御大師堂木鼻

延宝4年(1676)の木鼻とすると古式な意匠です。

下里御大師堂内部

下里御大師堂内部

須弥壇と厨子は須弥壇裏板の墨書から、天正9年(1581)に「賀吽」と「行俊」の二人により製作されたことが判っています。

下里御大師堂須弥壇

下里御大師堂須弥壇

高欄は親柱と擬宝珠を一木で造り出しています。須弥壇上框正面に錫杖彫を施していますが、通常は虹梁下端の飾りで人吉球磨地域では見付面に施して飾りとしています。

下里御大師堂厨子木鼻

下里御大師堂厨子木鼻

木鼻の渦下の円弧部分が外側に出ている王宮神社からの特徴が残っています。奥の木鼻の方がこの特徴が顕著です。

下里御大師堂厨子斗栱

里下御大師堂厨子斗栱

禅宗様三手先斗栱で、一手先と二手先の通肘木に軒支輪を取付けています。丸桁正面に錫杖彫を施しています。

建物情報

※情報の内容は修理工事報告書及び調査・研究成果によるものです。

須弥壇高欄親柱真々寸法は正面2,165㎜、側面は切り縮められる前は1,864㎜前後で、高欄地覆の幅が110㎜なので正面地覆内々は2,055㎜で裏目では4.80尺となります。背面側には高欄がありませんので側面で厨子を載せられる部分は1,809㎜で4.23裏尺となります。背面側は屋根が柱面よりの0.2裏尺前後出ていますので少なくとも2.64裏尺の長さと高欄がありますので扉を開くスペースがが必要となります。扉を開くスペースは正面柱面より417㎜(0.975裏尺)前後で、正面側の空きは最長で0.615裏尺となります。正面は厨子柱外面と高欄地覆内側の空きは0.85裏尺((4.8裏尺-3.10裏尺)/2)で、正面側の空きを0.6裏尺と計画されたとすると空きの寸法比は√2:1となります。
大工棟梁 奈須又左衛門 右田茂兵衛
須弥壇・厨子:賀吽、行俊
平面計画 下里御大師堂平面計画
修理工事報告書では三間分の柱間寸法は4,609㎜~4,621㎜、柱断面寸法は203㎜~214㎜です。側面三間は等間で正面中央間より420㎜前後狭く、正面端間より210㎜広く、正面中央間と端間の差は630㎜前後です。恐らく各柱間は柱断面寸法が関係しているとみられ、側面柱間寸法が基準ではないかと推測されます。
実測値で柱間寸法を検討してみましたが、ここでは平面計画が判りやすい三間分4,621㎜を鉄尺(1尺302.58㎜)で分析してみます。
4,621㎜は15.272尺で裏目では10.80裏尺となります。裏目の設計とすると側面三間各間は3.60裏尺で隅柱真々を32枝としていますので一枝寸法は0.3375裏尺となります。柱断面寸法は10.8裏尺/22で0.49尺(210㎜)の設計とみられます。
正面中央間は3.60裏尺+0.49裏尺×2=4.58裏尺(1,960㎜)、端間は3.60裏尺-0.49尺=3.11尺(1,331㎜)、向拝奥行きは3.60裏尺+0.49尺×3=5.07裏尺となります。
では10.80裏尺をどのようにして決めたのか考えてみます。隅柱外々を11.00裏尺と仮定し55等分した1小間0.2裏尺の54小間(10.80裏尺)を柱真々寸法とし、各柱間を18小間としたと推測されます。正面の柱間寸法、向拝奥行き柱間寸法は、側面柱間寸法に柱断面寸法を足したり引いた寸法となっていますので、側面柱間寸法とは寸法比の関係がありません。
厨子平面計画 下里御大師堂厨子平面計画
修理工事報告書での平面寸法は現行尺(1尺303.03㎜)の報告ですので、ここでは鉄尺(1尺302.58㎜)に換算して分析してみます。
正面柱間真々寸法は1,224㎜、側面942㎜、柱断面寸法は103㎜と報告されています。正面柱真々は4.042尺で柱外々が1,327㎜4.386尺ですので、裏目では3.10裏尺です。側面は柱真々3.113尺、柱外々3.454尺、裏目では2.442裏尺で寸法比の関係はみられません。
正面柱外々寸法と側面柱外々寸法差は0.66裏尺で柱断面寸法(0.24裏尺)の11/4分狭くしているとみられます。正面と側面の寸法比は1:0.787ですが須弥壇の寸法と合わせて設計されていると推測されます。
番 付 御大師堂:南東隅柱を起点にした時計回りの回り番付け
須弥壇:北東の束を起点にした時計回りの回り番付け
厨 子:正面右隅の柱を起点にした時計回りの回り番付け
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