誓願寺阿弥陀堂
建物データ
指定名称 | 誓願寺阿弥陀堂 江戸時代後期 桁行三間、梁間二間、一重、寄棟造、桟瓦葺、平入、南向 |
---|---|
指定年月日 | |
所在地 | あさぎり町東 |
修理記録 | 平成 5年:屋根葺替、柱足元の修理 平成22年:屋根葺替 |
保存修理工事報告書 | 未出版 |
誓願寺阿弥陀堂周辺

『九州相良の寺院資料』(上村重次著、昭和61年8月1日発行)によると、誓願寺は免田川の上流にあって人吉市球磨地域では最も古い寺院と考えられているそうです。しかし、地名の誓願寺があるだけで、古文書、金石資料にも寺院としての誓願寺は発見されていないそうです。堂内には平安仏の阿弥陀如来が安置されており、寺院の歴史を物語っています。写真は平成22年屋根葺着替え前のものです。
誓願寺阿弥陀堂正面

阿弥陀堂の廻りは田畑で参道もなく畦道が通路となっています。このような場所に茅葺の建物が残っていることが素晴らしく、ぜひともこの環境と建物を未来に伝えたいものです。
誓願寺阿弥陀堂背側面

雨落葛石が四周にありますが、経年による犬走りの土が流出して礎石かなり露出しています。
誓願寺阿弥陀堂正面詳細

中央間は建立当初から建具がなかったようです。鰐口(文明16年1484)は湯前町の八勝寺薬師如来に奉納されたもので、西南戦争の時(明治10年1877)に薩軍が八勝寺(江戸時代には廃絶)から持ち出し、誓願寺付近に捨てられていたものが堂内に掛けられています。人吉球磨地域の中世鰐口は地元の寺院のものが少なく、戦利品として他の地域から持ち込まれたものが多いです。
阿弥陀堂には巻頭型の和釘が使用されていますので、西南戦争時にはすでに存在していたと考えられますので、建立年代は江戸時代後期と推測されます。